厚沢部町(あっさぶちょう)ヒバの北限、トドマツの南限、豊かな森林の町・厚沢部町

我が町のセールスポイント
移住体験(ちょっと暮らし)ができる 転入祝い金がある 住宅購入補助制度がある 公営住宅がある 賃貸アパート・マンションがある 人口が1万人以下 温泉施設がある 芸術・文化施設がある 農業(酪農を除く)が盛ん 林業が盛ん 新規就農支援制度がある 介護施設がある デイサービス施設がある 出産祝い金がある 保育料補助制度がある 満15歳まで医療費無料 給付奨学金制度がある その他の支援制度がある 釣りができる プールがある パークゴルフ場がある キャンプ場がある スキー場がある

問い合わせ

総務政策課政策振興係
TEL:0139-64-3311
E-mail:
URL:http://www.town.assabu.lg.jp

基本情報

厚沢部町(あっさぶちょう)は、北海道南西部、檜山支庁南東部にある農林業を主幹産業とする町。地名の由来はアイヌ語のであるが、「アッ・サム(楡皮・のそば)」「ハッチャム・ベツ(桜鳥・川)」といった諸説がある。

アクセス
  • 鉄道JR函館駅からバスで約90分
  • 空路函館空港から車で約1時間40分
  • 車札幌市街から車で約4時間30分
人口・世帯数 人口:4,162人 世帯数:1,976世帯
面積 460.58 平方キロメートル
インターネット環境
歴史

古くは松前藩の所領。1678年(延宝6年)同藩のヒノキ山開放により、この伐採のため本州から杣夫(そまふ)が渡来した。農業を副業として定着し、各河川流域の開墾が始められた。

1869年(明治2年)榎本武揚率いる幕府軍の攻撃を受け、一時支配下に置かれたが、松前藩は館城(現在の城丘)を根拠にすぐに反撃に転じた。松前回復後も松前藩は館城を拠点として「館藩」と名乗り、1871年(明治4年)の廃藩置県の際には青森県に属した。

1872年(明治5年)北海道開拓使の管轄となり、1876年(明治9年)俄虫村戸長役場を設置。 1906年(明治39年)4月に二級町村制を施行し、村名を厚沢部村とした。 1960年(昭和35年)字名地番改正、1963年(昭和38年)3月に町政施行し現在に至る。

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